東京地方裁判所 平成元年(ワ)4318号 判決 1991年3月29日
原告(反訴被告) 天津恵子
右訴訟代理人弁護士 山﨑克之
被告(反訴原告) 株式会社ジャパンシェンカー
右代表者代表取締役 井村正也
右訴訟代理人弁護士 阿部三夫
主文
一 原告(反訴被告)の本訴請求をいずれも棄却する。
二 被告(反訴原告)の反訴請求を棄却する。
三 訴訟費用は、本訴について生じたものは原告(反訴被告)の負担とし、反訴について生じたものは被告(反訴原告)の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 本訴請求の趣旨
1(主位的請求)
被告(反訴原告、以下「被告」という。)は、原告(反訴被告、以下「原告」という。)に対し、金二二五五万円及び内金二〇五〇万円に対する平成元年二月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(予備的請求)
被告は、原告に対し、金一七〇五万円及び内金一五〇〇万円に対する平成元年二月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 本訴請求に対する答弁
1 原告の本訴請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
三 反訴請求の趣旨
1 原告は、被告に対し、金一七万七一三〇円及びこれに対する昭和六二年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 仮執行宣言
四 反訴請求に対する答弁
1 被告の反訴請求を棄却する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
第二当事者の主張
一 本訴請求原因
1(当事者)
原告は「天津恵」の雅号により和紙を使用したモダンアートを製作する女流画家であり、被告は航空運送、航空運送代理店及び損害保険代理店等の各業務並びにそれに付帯・関連する業務を目的とする会社である。
2(原被告間の運送契約の締結)
原告は、自己の製作したコラージュ二〇点(以下「本件出展作品」という。)を、アメリカ合衆国ニューヨークにあるジャビッツ・コンベンションセンター(以下「本件エキスポ会場」という。)においてニューヨーク時間昭和六二年四月二日から同月六日までの期間に行われた「アートエキスポ八七年」(以下「本件エキスポ」という。)に出展するため、同年三月一三日ころ、右出展作品につき被告と後記一4(一)(1)のような内容の運送に関する契約(以下「本件契約」という。)を締結し、これに基づき、右出展作品は、大阪からニューヨークケネディー国際空港(以下「ケネディー空港」という。)を経て本件エキスポ会場内の原告のブース(以下「本件ブース」という。)に搬送された(以下「往路運送」という。)。
3(紛失事故の発生)
原告は、本件エキスポにおける原告の個展で本件出展作品のうち五点を売却したが、残りの一五点(以下「本件作品」という。)については、本件エキスポの終了したニューヨーク時間昭和六二年四月六日に、被告との当初の契約どおり日本に搬送してもらうべく、本件ブース内において自ら梱包して被告関係者が来るのを待っていた。同日午後四時ころ、同ブースを訪れた被告関係者である訴外シェンカーズ、インターナショナル・フォワーダーズ、インク(以下「ニューヨークシェンカー」という。)の職員から出荷指示書(甲第一二号証)の交付を受け、必要事項を記載して渡すとともに右職員の指示に従い待機し、さらに同日午後九時ころ、会場内に設置されている同社のカウンター内の同社職員の指示により出荷注文書(甲第八号証)を作成し、本件作品に貼付する等して同社職員に運送を委託して帰国したところ、それ以後本件作品の所在は不明となり、結局、本件作品は紛失した(以下「本件紛失事故」という。)。
4(被告の責任)
(一) 主位的請求について
(1)(復路運送の債務不履行)
本件契約は、展示会用品のため「メッセサービス」と称する特別なサービスを提供することを目的とするもので、日本からの発送から日本への返送までの発着一貫輸送体制による安全かつ迅速な出展作品の運送のみならず、アメリカ国内の会場内への運送の手配、通関業務、保険申込代行業務を含む包括的な一個の請負及び委任契約であり、具体的には次の内容を含むものである。
イ 被告は、本件出展作品を被告の大阪支店から本件エキスポ会場内の本件ブースまで自ら、又はその手配によって運送する。
ロ 本件出展作品のうち本件エキスポにおいて売れ残った作品についての本件エキスポ会場から日本への返送(以下「復路運送」という。)に関する手続も、被告において手配し取り扱う。
ハ 右各運送手続について必要な通関手続並びに往路・復路及びエキスポ会期中の作品の盗難・紛失・滅失・毀損に関する保険手続も被告が原告に代行して行う(なお、保険については、お守り程度ということで、保険金額五〇〇万円とした。)。
ニ これらに要した代金は、すべての手続が完了した後に被告から原告に対して一括して請求する。
すなわち、本件契約において、展示会終了日に売れ残った作品の復路運送についても、被告がそのグループ企業を通じてこれを行うことがいわば停止条件付で合意されたところ、前述のように、原告は復路運送について荷物及び返送先を記載した出荷指示書を作成し、被告の履行補助者であるニューヨークシェンカーに交付したのであるから、復路運送について被告に具体的債務が発生した。
したがって、被告は、その後発生した本件作品の紛失について債務不履行責任を負い、右紛失によって原告が被った後記5(一)の損害を賠償する責任がある。
(2)(商法五七九条、相次運送人の責任)
仮に、本件作品が紛失しなかったとすれば、復路運送については、本件エキスポ会場から大阪空港まではニューヨークシェンカーが運送し、その後少なくとも大阪空港から原告方までの運送は被告が担当し、被告の名において原告に対し復路運送の代金を請求したであろうことは容易に想像できるところである(現に往路運送はケネディー空港までは被告が、その後はニューヨークシェンカーが担当し、被告の名で代金が請求された。)。このような形態は、一個の運送行為に数人の運送人が相互に運送上の連絡関係を有し、荷送人としては、最初の運送人に運送を委託することにより他の運送人を同時に利用できるいわゆる連帯運送の一場合として、商法五七九条の相次運送に該当する。
そして、前述のように、原告が本件作品の出荷指示書をニューヨークシェンカーに交付した時点で復路運送の各運送業者の責任は生じているから、同条により、被告は、本件作品の紛失によって原告が被った後記5(一)の損害についてニューヨークシェンカーとともに連帯責任を負う。
(3)(民法七一五条、使用者責任)
被告の従業員であった訴外畑幸治(以下「畑」という。)は、昭和六二年三月一三日ころ、本件エキスポに作品を出展する予定の原告に対し、次のとおり申し述べて、被告との間で本件契約の締結を勧誘した。
イ 被告を含むシェンカーグループは、展示会への出展物について、「メッセサービス」という運搬・管理・処分・保険を含む全体的なサービス業務を行っているので、出展に際し被告に依頼するならば、同サービスによって発着一貫輸送体制をとり、原告の作品について、原告のアトリエからエキスポ会場を経て原告のアトリエに帰するまでの全区間についての作品の保全に万全を尽くしその安全を確保する。
ロ 原告は、被告ないしそのグループの指示どおりに行動すればよく、作品が無事原告のアトリエまで回収されるように被告においてすべての手配をする。
ハ 会期前から会期中を経て会期終了までの必要な保険加入手続は、被告において行う。
ところが、実際には、右各措置が採られなかったため、展示会終了後原告からニューヨークシェンカーに日本への返送指図があったにもかかわらず本件作品の運送についての連携がなされず、本件作品は紛失してしまった。
原告は、右のような畑の虚言を弄した勧誘行為により、本件契約を締結することによって作品を安全に出展しかつ回収しうるものと誤信し、本件作品の安全性を確保する機会を失なった。
したがって、被告は、畑の使用者として、同人の故意又は過失による違法な勧誘行為により原告が被った後記5(一)の損害を賠償する責任がある。
(二) 予備的請求について
(1)(保険手続委任事務の債務不履行)
前述のとおり、本件契約において、被告は原告に対し、原告の出展作品について往路及び復路の各運送並びに会期中の盗難・破損・滅失等に対処するため金五〇〇万円を保険金額とする保険加入代行手続を付すべき義務を負っていたが、被告は、往路運送に関してこれを行ったのみで、それ以外の保険加入手続を怠ったから、保険手続委任事務の債務不履行により原告が被った後記5(二)の損害を賠償する責任がある。
(2)(民法七一五条、使用者責任)
前述のとおり、畑は本件契約締結を勧誘するにあたり、実際には往路運送の保険加入手続しか行わなかったのに、あたかも右契約締結により作品の出展から回収まで必要な一切の保険加入手続を被告において代行するかの如き虚言を弄した違法な勧誘行為を行い、往路・復路・出展中の全過程について本件作品に保険が付されたものと原告に誤信させ、原告が保険により本件作品紛失の損害の填補を得る機会を失わせたから、被告は、畑の使用者として、原告が被った後記5(二)の損害を賠償する責任を負う。
5(損害)
(一) 主位的請求について
(1)(本件作品の価額)
原告の作品の価額は、本件紛失事故当時一号につき三万五〇〇〇円であった。そして、本件作品は全部で一五点あり、いずれも二〇号であったから、被告の債務不履行ないし不法行為によって原告が被った本件作品の総額は、一〇五〇万円である。
2(慰謝料)
本件作品は、原告が精魂こめて製作したもので、原告にとってはわが子も同然であり、二度と同一作品を製作することは不可能である。そのような作品を失った原告の精神的苦痛は察して余りあり、その精神的苦痛を慰謝するには一〇〇〇万円が相当である。
(3) (弁護士費用)
原告は、本件訴訟の追行を原告代理人に依頼したが、その報酬として右損害額合計二〇五〇万円の一割に相当する二〇五万円の支払を約した。
(二) 予備的請求について
(1)(保険金額)
被告の前記保険事務不履行ないし不法行為がなければ、原告は少なくとも保険金額五〇〇万円の支払を受け得たはずである。したがって、被告の行為によって原告は右保険金額相当分の損害を被った。
(2)(慰謝料及び弁護士費用)
前述5(一)(2)、(3)のとおり。
6 よって、原告は、被告に対し、主位的に債務不履行、商法五七九条若しくは不法行為による損害賠償請求権に基づき、金二二五五万円及び内金二〇五〇万円に対する訴状送達の翌日である平成元年二月二八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、予備的に債務不履行若しくは不法行為による損害賠償請求権に基づき、金一七〇五万円及び内金一五〇〇万円に対する訴状送達の翌日である平成元年二月二八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。
二 本訴請求原因に対する認否
1 本訴請求原因1は認める。
2 同2のうち、原告が本件エキスポに自ら製作した作品を出展するため、原告主張の日時に、原告と被告が本件出展作品につき、原告から依頼を受け(右往路運送の保険手続を含む。)、本件出展作品を大阪空港からケネディー空港を経由して本件エキスポ会場まで運送したことは認め、その余は否認する。後記二4のとおり、原被告間の運送契約は往路のエキスポ会場入口までの運送に関するものにすぎない。
3 同3のうち、原告の梱包した一箱の荷物が本件エキスポ終了後所在不明になり紛失したことは認め、その余は不知ないし否認。
4 同4(一)(1)は否認する。本件契約において被告が委託を受けたのは、被告大阪支社から本件エキスポ会場までの本件出展作品の運送及びその区間に関する保険金額を五〇〇万円とする保険代行業務にすぎない。
原告は、本件契約時に復路運送の契約も成立した旨主張するが、本件契約時には、運送契約の重要な要素である復路運送に関する運送の対象荷物、運賃、運送の目的地のいずれも確定しておらず、その時点で復路について運送契約が成立したとは到底いえない。
したがって、被告は復路運送について何らの責任も負わないのであるが、なお付言するに、ニューヨークシェンカーも原告との間で復路運送の契約を締結するには至っておらず、少なくとも、原告から物品を受領していないから、同社に運送責任を問う余地もない。すなわち、原告は本件ブース内で本件作品に甲第八号証の書類を貼付したまま立ち去ったというのであるから、右作品に対する支配は依然として原告あるいは本件エキスポ会場内で展示物の運搬・取扱を専属的に行った訴外ユナイテッド・エクスポジション・カンパニー(以下「ユー・イー・エス」という。)に残ったままであり、ニューヨークシェンカーにその支配は移転していない。さらに、甲第八号証によると、荷物の委託先は「ジャマイカ・ニューヨーク」と記載されているが、ニューヨークシェンカーが本件作品を「ジャマイカ・ニューヨーク」で受領したことも、またその他の営業所で受領したこともない。
5 同4(一)(2)は否認ないし争う。
前述のとおり、そもそもニューヨークシェンカーと原告との間の復路運送契約は成立していないし、少なくとも同社は原告から本件作品を受領していないから、商法五七九条の責任を問題にする余地はない。
また、商法五七九条にいう相次運送とは、いわゆる連帯運送のことであり、それは、数人の運送人が順次に、一通の運送状とともに運送品を受け取って運送に従事する場合をいうところ、原告の主張する復路運送が右の連帯運送であることを示す証拠はない。
6 同4(一)(3)は否認ないし争う。畑が原告に申し述べた発着一貫輸送体制というのは、発地から着地まで、本件で言えば大阪から本件エキスポ会場までの輸送を一貫して行う体制という意味であり、往復の運送を行うということではなかったし、そもそも同人は原告から復路の運送について委託を受けていないから、原告のアトリエまで回収されるように被告において手配する旨虚言を弄した事実はない。
7 同4(二)(1)は否認する。原告は、本件契約締結に際し、本件エキスポ展示後に関しては作品が売れるかどうかはっきりしないので保険は往路の分だけでよいと明言したので、被告は往路運送についてのみ保険加入手続を代行したものである。
8 同4(二)(2)は否認ないし争う。
9(一) 同5(一)のうち、紛失した作品の点数、号数、価額はいずれも不知、その余は否認ないし争う。
(二) 同(二)は否認ないし争う。
10 同6は争う。
三 被告の主張
1(免責特約の存在)
本件作品が紛失したのは展示会終了後の本件ブース内であるが、ユー・イー・エスの公式指示書によれば、本件エキスポ会場内での「搬出貨物の積込み」までは、ユー・イー・エスの担当分野であり、したがって、ブース内でのことは、出展者及びユー・イー・エス以外の者の支配・管理は及ばないものである。しかも、右公式指示書によれば、展示会終了後、展示者のブースより荷物を引き取る前の紛失・盗難等についてはユー・イー・エス自身も責任を負わないという免責特約が存する。そして、本件紛失事故は、まさに展示会終了後に原告のブースより荷物を引き取る以前に紛失したものであるから、仮にニューヨークシェンカーがユー・イー・エスから会場内の業務を委託されていたとしても、ユー・イー・エスが責任を負わない以上ニューヨークシェンカーが責任を負ういわれはなく、まして、被告が責任を負う理由はない。結局、ブース内での紛失等の事故については出展者の自己責任というべきである。
2(責任限度額)
仮に、ニューヨークシェンカーないしユー・イー・エスに本件作品の紛失につき責任があるとしても、下記のとおり、本件においては紛失事故について責任限度額が規定されているから、被告は、下記責任限度額以上の責任を負わない。
(一) ユー・イー・エスの公式運送指示書には、次のとおり責任限度額が定められている。すなわち、一作品につき一ポンド当たり〇・三米ドル、最高五〇米ドル、一荷物につき最高一〇〇〇米ドルである。ところで、本件作品は全部で一五点であるから、本件におけるユー・イー・エスの責任限度額は最高でも七五〇米ドル(一五×五〇)ということになる。
(二) 被告の運送契約における責任限度額は、重量一キログラム当たり二〇米ドルである。ところで、本件荷物の重量は、原告の申告によれば、一〇〇ポンド(四五・三六キログラム)であるから、右運送契約における被告の責任限度額は、九〇七・二米ドルとなる。
四 被告の主張に対する認否
被告の主張はいずれも否認ないし争う。同2については、そもそも、本件作品が本件ブース内で紛失したという証拠は一切ない。本件作品は、ニューヨークシェンカーの怠慢により本件作品の搬出がユー・イー・エスに託されなかったか、あるいは、本件作品がニューヨークシェンカーの管理下に入った後何らかの手違いによってその所在が分からなくなったかのいずれかであろうが、そのいずれであるか全く不明である。また、同2(二)については、運送契約書裏面の文字は英文で記載されているところ、被告は原告に対しその訳文を交付しなかったばかりか、責任限度額についての定めの有無及びその内容についての説明をしなかったのであるから、原被告間に右約定が適用される余地はない。
五 反訴請求原因
1 被告は、原告から、昭和六二年三月ころ、大阪から本件エキスポ会場までの本件出展作品の運送及び右運送に関する保険金額五〇〇万円の保険加入手続の委託を受けた。
2 被告は、右委託契約に従い、保険加入手続を行うとともに、同月一六日本件出展作品を受領し、同月二一日これを大阪空港で航空運送に託し、同月三一日、目的地である本件エキスポ会場において本件出展作品を原告に引渡し、右運送業務を完了した。
3 右業務にかかる運賃その他の手数料は、保険料の立替分を含めて合計二三万二八八五円である。
4 よって、被告は、原告に対し、本件運送委託契約に基づき、右運賃等のうち金一七万七一三〇円及びこれに対する運送業務を完了した日の翌日である昭和六二年四月一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
六 反訴請求原因に対する認否
反訴請求原因はすべて否認ないし争う。原、被告間の契約は、単なる往路運送とその区間の保険手続の委託にとどまるのではなく、前述のとおり、往路・復路運送並びにそれらに必要な通関手続及び右運送中・エキスポ会期中の作品の盗難・紛失・滅失・毀損に関する保険手続をも含む包括的な請負・委任契約であるから、被告は、契約に基づく業務を完了していない。
七 抗弁(短期消滅時効、民法一七四条)
1 仮に、被告主張の債権が発生しているとしても、被告が業務を完了した昭和六二年三月三一日から一年が経過した。
2 原告は、被告に対し、平成元年四月二四日、右時効を援用する旨の意思表示をした。
八 再抗弁(信義則違反ないし権利濫用)
原告は、被告に対し、被告が行った本件作品の運送に関連して本訴請求を行っているのであり、しかも本件訴えの提起に至るまで一年以上に渡って原、被告間で話合いがされてきたばかりか、右話合いの過程で、原告は被告の常務取締役訴外勝川浩(以下「勝川」という。)に対し、運賃債務の存在を認めていたのであるから、原告が反訴請求債権について消滅時効を援用することは、信義則ないし権利の濫用として許されないものというべきである。
九 再抗弁に対する認否
再抗弁は否認ないし争う。
第三証拠《省略》
理由
第一本訴請求について
一 請求原因1ないし3のうち、原告が「天津恵」の雅号で和紙を使用したモダンアートを製作する女流画家であり、被告が航空運送、航空運送代理店及び損害保険業務代理店等の各業務並びにそれに付帯・関連する業務を目的とする会社であること、原告が自己の製作した本件出展作品を本件エキスポに出展するため、昭和六二年三月一三日ころ、被告と本件契約を締結したこと(その内容については後述する。被告が右契約に基づいて本件出展作品を大阪からケネディー空港を経由して本件エキスポ会場まで運送したこと、本件エキスポ終了後原告の梱包した荷物一個が紛失したことは当事者間に争いがない。
二 本件紛失事故に至る経緯について
1 《証拠省略》によれば、次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(一) 原告の本件エキスポへの出展作品は、いずれもサイズが二〇号の絵画であり、数量は全部で二〇点であった。
(二) 本件エキスポはニューヨーク時間同年四月二日から同月六日まで開催されたが、その間、原告は、本件出展作品のうち五点を売却したので、同エキスポ終了後帰国するに際し、残った一五点の本件作品を日本に返送することとした。
(三) そこで、原告は、本件エキスポの終了日である同月六日、本件ブース内において一五点の本件作品を一個の荷物に梱包しながら、被告関係者が日本への返送のために右作品を受け取りに来るのを待っていたところ、同日午後四時ころ、訴外イングリッド・マグナス(以下「マグナス」という。)外一名のニューヨークシェンカーの職員が被告からの指示により本件ブースを訪れ、原告に出荷指示書を交付して必要事項を記入するように指示したので、原告は右書類に必要事項を記入してそれをマグナスらに渡した。すると同人らは、原告に対し、まもなく荷物の積出しを行うのでその場に待機するように指示して本件ブースを立ち去った。なお、右出荷指示書は、荷送人を原告、荷受人を島根県津和野町の「ギャラリー天津」(原告の屋号)とするニューヨークシェンカーに対する指示書であった。(「他業者」欄は空欄になっていた。)。
(四) その後、同日午後九時を過ぎても誰も荷物を取りに現れないため、原告は、通訳の訴外出水三枝子を本件エキスポ会場内にあるニューヨークシェンカーのカウンターへ派遣して出荷手続を問い合わせたところ、同所の職員は、右出水に対し、自ら必要事項を記入した出荷注文書三通を交付し、これらのうち一通を出荷する荷物に貼付し、一通を右荷物とともに残し、残り一通を控えとして原告が所持すること及び搬出は夜間になるので荷物をブース内に置いて帰るよう指示した。そこで、原告は、右指示どおり、荷物に出荷注文書一部を貼付し、一部を挿入してから、本件ブースを立ち去った。なお、右出荷注文書は、ニューヨークシェンカーを運送業者とするものであり、受領の日時及び場所の欄が空欄のままであった。
(五) 同日夜、原告は、訴外真田一貫(以下「真田」という。)から、日本に返送することにしていた本件作品をさらにワシントン等で展示するという企画を持ちかけられたので、ニューヨークシェンカーによる本件作品の日本への運送を停止してもらうこととし、その旨のニューヨークシェンカーへの連絡を真田に依頼するとともに日本にいる原告の夫に被告大阪支社の畑に連絡することを頼んだ。真田と原告の夫とは、そのころニューヨークシェンカーと被告大阪支社とにそれぞれ右の連絡をした。
(六) ところで、本件エキスポ会場内での荷物の運搬は、ユー・イー・エスが専属的に行っており、出展者の展示荷物の搬出は、同社が各ブースからエキスポ会場内の集荷場所まで運搬した後、各出展者が依頼した運送業者のトラックに積み込んで行うものとされていたところ、四月七日、ニューヨークシェンカーのトラック輸送担当者が本件エキスポ出展者から運送を委託された荷物をユー・イー・エスから受け取った際、原告から依頼された分の荷物一個が含まれていなかった。そこで、マグナスはユー・イー・エスに対して同日付の仮苦情書を送付し、同社に対し原告の荷物一個の所在を捜索し、発見されたら報告するように催促した。
(七) その後、真田は本件作品を自己の管理下に置くべくニューヨークシェンカーに右作品の所在を問い合わせたところ、同社から本件作品の所在は現在不明であり、右作品の引渡しをすることはできない旨報告を受けたので、その旨を日本に帰国した原告に伝えた。
(八) 原告は、本件作品の所在不明の事実を帰国後数日して知り、直ちに畑に対して苦情を申し立てるとともに、右作品の所在の調査を催促したところ、同人は右作品の所在の調査を約束したが、その後も右作品の所在はつかめず、紛失あるいは盗難にあったらしいことが判明した。
2 右認定の事実によれば、本件作品は、本件エキスポ終了日のニューヨーク時間昭和六二年四月六日の午後九時ころ、原告が同社職員から受領した出荷注文書二通を本件作品に貼付・挿入して本件ブースを立ち去った後、翌七日に、ニューヨークシェンカーのトラック輸送担当者がユー・イー・エスから出荷荷物を引き取るまでの間に紛失したものと認められる。しかし、右紛失事故が、ユー・イー・エスによる回収前に本件ブース内で生じたのか、それともユー・イー・エスの占有に帰した後に生じたのかは証拠上明らかではない。
三 本訴請求原因4(一)(1)(復路運送の債務不履行)について
原告は、本件契約が日本(被告大阪支社)から本件エキスポ会場までの往路運送のみならず、会期終了後の本件エキスポ会場から日本までの復路運送をも含む包括的契約である旨主張し、これに沿う供述をする。しかしながら、次の理由により、右供述は採用できず、右主張を認めることはできない。すなわち、
1 《証拠省略》によると、本件契約締結に至る経過については、
(一) 昭和六二年二月中旬ころ、被告は、関連会社であるニューヨークシェンカーから原告の本件エキスポ出展の情報を得たので、畑は、原告に、ニューヨークシェンカー発行の国際輸送ガイド、シェンカーグループの行っているメッセサービスの説明書、被告の会社概要を送付するとともに、文書及び電話により出展のための運送契約締結を勧誘したこと、
(二) 原告が畑の電話説明の内容と送られた資料を検討して被告との間で本件契約を締結することを承諾したので、畑は、同年三月一三日ころ、税関申告用の送り状(インボイス)と航空運送状に必要事項を記入して原告に送付し、原告は同月二〇日ころまでにその内容を確認したうえ署名して畑に送り返したが、この書類には、いずれも出発地大阪、目的地ニューヨークと記入されていたこと、
(三) この書類作成と平行して、原告は本件出展作品を被告大阪支社宛に送り、被告はこれを三月一五日ころ受領したこと、
(四) また、原告と畑との電話や文書によるやりとりの間、畑は原告に、必要あればデリバリー・インストラクションに展示会終了後の作品の取扱等の指示をするよう伝える文書を送付したが、原告から特にデリバリー・インストラクションによる具体的指示はされなかったこと、
以上の事実が認められる。
本件契約締結に至る経過は右のとおりであり、作成された右航空運送状及び送り状(インボイス)は、いずれも出発地大阪、目的地ニューヨークとするものであって、右のほか、原告と被告間で、復路運送をも含めた包括的な契約が締結されたことを窺わせる書類が作成された形跡はなく、このことは、本件契約が往路運送についてのものであることを示している。
2 また、《証拠省略》によると、
(一) 原告がこれまで海外の展覧会に出展した際には、作品の三分の一ないし二分の一は現地で買手がついており、本件エキスポ出展にあたっても、当初から、会期中に作品の何点かには買手がつき現地で売却することが想定されていたこと、
(二) したがって、本件契約締結時点では、会期終了後日本に送り返す作品が何点になるのか、その荷物の個数、重量がどうなるのかは未定であったこと、
(三) ちなみに、本件エキスポに出展するため、原告が日本から送った往路の荷物は、本件出展作品のほか配布用の画集等もあったので、梱包の個数が三個、重量が合計約八〇キログラムであったが、返送用に原告が梱包した荷物は一個だけで、重量は約一〇〇ポンド(約四五キログラム)であったこと、
以上の事実が認められる。
右のように、運送契約の重要な要素である対象荷物が未確定な状態で(したがって、当然運賃も定まらない状態で)、復路についても当事者を互いに法的に拘束する契約があらかじめ締結されたと考えるのは困難であり、この点からも、本件契約は往路についての運送を目的としたものとみざるを得ない。この点について、原告は、いわば停止条件付で契約が締結されたと主張するけれども、各作品、品物の一個一個を対象とする複数の契約とでも考えない限り(そのような考え方が実体に合致しないことはいうまでもない。)、運送対象が定まらないことには変わりがないから、右の主張を採用することはできない。
3 なるほど、《証拠省略》と前認定の事実によれば、
(一) 畑が原告に本件契約の締結を勧誘するため送付した前記「メッセサービス」の案内書には、メッセサービスが様々の特殊なサービスを意味しており、シェンカーの輸送組織を利用することにより、展示会用品のコーディネイト・管理・運搬・処分・保険という総合的サービスを受けられる利点がある趣旨の記載がされていたこと、
(二) 同じく畑が原告に送付した国際輸送ガイドは、ニューヨークシェンカーの作成した同社の案内であり、これには、エキスポ期間中シェンカーズの正社員が展示会終了後の作品の処置について連絡し、同社が出展者の荷物の運送あるいは海外への返送を準備するつもりであることなどが記載され、さらに同社の海外事務所及び代理店として被告の会社名、住所及び連絡先が記載されていたこと、
(三) また本件契約締結の直後、畑から原告に対し、ニューヨークではニューヨークシェンカーにコンタクトするよう指示し、同社の連絡先と担当者の氏名を記載した案内の文書が送付されたこと、
(四) 本件契約の際、畑は原告に、展示会終了後の荷物の返送については、展示会終了日にニューヨークシェンカーの担当者が原告のブースに行くので、その担当者に指示すればよい旨伝えていたが、その言葉のとおり、四月六日午後四時ころ、ニューヨークシェンカーのマグナスらが本件ブースまで赴いて本件作品の出荷の手配をしたこと、
以上の事実が認められ、これによると、原告が被告との間で本件契約を締結したことにより、自動的にニューヨークシェンカーが本件作品の出荷を取扱うことになったとみることもできる。しかし同時に、右の事実は、原告と往路の契約をした被告が、復路についても、原告に被告の関連会社であるニューヨークシェンカーと運送契約を締結させるよう、(同社から前記のとおり原告の本件エキスポ出展情報を得たのと同様に)同社に荷動きに関する情報を与え、原告にも前記のような指示を与えたとみることもできるのであり、先に認定したとおり、原告が四月六日に本件ブース内においてニューヨークシェンカーに対する復路運送のための出荷指示書を作成していることからすると、むしろ後者のように理解するのが合理的ともいえるから、右(一)ないし(四)の事実から直ちに原告の主張を採用することはできない。
4 また、原告は、畑が「発着一貫輸送体制」という表現を使用したことをその主張の根拠として重視するが、この「発着」というのが発地日本から本件エキスポ会場を経て着地日本までの区間を意味することを示す証拠は全く存しない。むしろ、畑が原告に送付した文書には、「発地日本での輸出通関業務、ニューヨークへの海上/航空輸送も弊社で手配しており、発着一貫輸送にて皆様の出品物の安全かつ迅速・確実な輸送を心がけております。」と記載されていることと、本件では、ニューヨークの展覧会会場まで輸送した後、荷物は原告に引き渡され、原告の占有下に移ることとなっていたことに照らせば、前記「発着」とは、日本からニューヨークまでの往路区間についての「一貫輸送体制」をいうものと理解するのが当然である。
5 以上の観点を総合すると、本件契約は往路についての運送契約にほかならず、復路も含めた運送契約であることを認めるに足りる証拠はないというべきである。
そうすると、原告の請求のうち、被告との間で復路運送契約が存在することを前提としてその債務不履行に基づく損害賠償を求める部分は、その余について判断するまでもなく理由がない。
四 請求原因4(一)(2)(相次運送人の責任)について
商法五七九条は、陸上運送に関する規定であり、海上運送については準用されているものの、航空運送に関しては商法上規定がなく、しかも本件において仮定される復路運送は、陸上運送と航空運送の国際復合運送の形態を採ることは明らかであるが、国際航空運送に関してはいわゆるワルソー条約の規定によるべきものであり(原被告間の航空運送状裏面にも、同条約に定められた責任に関する規定に従う、とある。)、このような航空運送を含めた国際復合運送に商法五七九条を適用することは困難であるといわざるをえない。
仮に同条の適用あるいは類推適用が可能であるとしても、本件においては復路運送が同条にいう相次運送に該当するという証拠はない。すなわち、同条にいう相次運送とは、いわゆる連帯運送を指し、それは数人の運送人が順次に各区間につき各自が荷送人のためにする意思を持って運送を引き受け、これら数人の運送人相互間に運送の連絡関係を有する場合であって、通常は一通の通し運送状(連帯運送状)によって運送を引き受ける形式がとられるものをいい、いわゆる下請運送、すなわち、最初の運送人が全区間の運送を引き受け、その全部又は一部の運送について他の運送人を使用するが、最初の運送人のみが荷送人との契約当事者であって他の運送人はその履行補助者として荷送人との直接の法律関係に立たない運送形態はこれを含まないものと解すべきところ、本件においては、前認定の事実を総合すると、原告がマグラスらに出荷指示書を作成交付したことにより原告とニューヨークシェンカーとの間に復路運送についての契約が成立したと見るべきであり、同社は、その履行のため、大阪空港から被告大阪支社あるいは島根県の原告のアトリエまでの運送を関連会社である被告に託したであろうことは想像に難くないが、そもそも通し運送状の作成がないばかりか、出荷指示書及び出荷注文書に運送当事者として記載されているのはニューヨークシェンカーのみであることに鑑みれば、被告が行う予定であったと想像される大阪空港から被告大阪支社あるいは島根県の原告のアトリエまでの運送ないしその手配は、荷送人と契約関係に立って行うものではなく、ニューヨークシェンカーの履行補助者として行うものといわざるをえず、したがって、その運送形態は連帯運送ではなく下請運送というべきものである(このことは、往路運送についてはより明白である。)。
したがって、本件においては商法五七九条の適用あるいは類推適用の余地はないというべきである。
五 本訴請求原因4(二)(1)(保険手続委任事務の債務不履行)について
1 《証拠省略》によれば、
(一) 本件契約締結に際し、原告は、畑から保険はどうするか問われ、その手続も依頼する旨伝えたこと、
(二) 畑は、本件契約により被告が依頼を受けたのが、被告大阪支社から本件エキスポ会場までの本件展示作品の運送であったため、当然に原告の依頼したのが右運送の間の保険であると理解し、保険金額を一〇〇〇万円とする場合の保険料を原告に示したところ、原告から保険料が高すぎるとの返答があったので、原告の希望に合わせ保険金額を五〇〇万円とすることとし、昭和六二年三月一九日、原告に代わって往路運送の保険契約をしたこと、
(三) 保険に関する右のやりとりの際、原告は、畑からの保険の問合せが前記のようなものであり、往路運送区間、本件エキスポ会場内、復路運送区間と分けてそれぞれに保険申込の要不要を問うものではなかったので、単に保険手続も依頼する旨返答したのみで、往路運送のみならず、本件エキスポの会期中や復路運送についても保険手続をするよう特別の指示を畑にしていないこと、したがって、原告と畑との間では、保険料との関係で保険金額をいくらとするかの相談はあったものの、それ以上の具体的な話はされなかったこと、
(四) 畑は、同年三月二三日ころ、右保険証書を山口県津和野町の原告方に郵送したが、原告は既に渡米した後であり、代わりに受領した原告の夫はこれを開封せずにいたため、被告が代行した保険が往路運送区間に関するものであることを認識せずにいたこと、
以上の事実が認められ(る)。《証拠判断省略》
2 右認定の事実によると、原告と被告の畑との間に意思の疎通が十分でなかったため、保険の対象についての原告の認識と畑のそれとに食違いがあった可能性はあるが、本件契約が往路運送を目的とするものである以上、これと同時に依頼された保険手続の代行も、依頼する側の原告が特別の指示をしない限り、客観的には往路運送を対象とするものと解するのが相当であり、その後の展示期間や復路運送に関する保険手続代行の委任があったことを認めるに足りる証拠はない。
保険代行をも業とする被告が、保険の要不要を原告に問い合わせる際、展示期間中や復路運送に関する保険はどうするのかを具体的に確認せずにいた点はいささか不親切のきらいはあるが、基本的には依頼者の側で明確に意思を表示すべきことがらであり、その責任を他に転嫁することはできないというべきである。
3 したがって、原告の請求のうち、被告との間で本件エキスポ会期中及び復路運送について保険加入代行手続の委任契約が存在することを前提として、その債務不履行に基づく損害賠償を求める部分は、その余について判断するまでもなく理由がない。
六 本訴請求原因4(一)(3)(4)(使用者責任)について
1 原告は、本件契約締結に当たり畑のした勧誘行為が、一つには出展のための作品の運送から会期終了後までの作品回収まで一貫した安全の確保という点で虚偽の事実を述べたものであり、違法な行為であると主張する。
ところで、前述のとおり、本件作品が紛失したのは、展示会の終了した昭和六二年四月六日の午後九時過ぎころから翌七日にニューヨークシェンカーが本件エキスポ会場内の集荷場所でユー・イー・エスから荷物を受け取るまでの間、本件エキスポ会場内においてであり、被告あるいはニューヨークシェンカー以外の第三者による盗取行為又は荷物運搬時の手違いなどの過失行為によるものと推認される。
そうすると、仮に、本件契約の締結を勧誘するため畑のしたこの点の説明内容が、本訴請求原因4(一)(3)中のイ、ロのように原告に理解させるものであったとしても、当初から右のような事態の生じるであろうことが十分予見される等特段の事情のない限り、結果的に畑の説明と異なる本件作品紛失の事態を生じたからといって、畑の説明が社会的に非難される違法なものとなるいわれはない。そして、本件においては、証拠上そのような特段の事情を認めることができない。
2 また、原告は、畑が保険加入手続の代行について本訴請求原因4(一)(3)中のハのとおり虚偽の事実を述べて勧誘したと主張するが、保険加入手続の代行は具体的な依頼があって初めてその依頼内容にしたがって行われるべきは当然であるから、先に五で示したとおり、畑が往路運送以外特に依頼のなかった保険手続をしなかったからといって、畑のした説明が違法となるいわれはない。
3 したがって、原告の請求のうち使用者責任に基づく損害賠償を求めるものもまた、その余について判断するまでもなく失当である。
七 以上によれば、原告の本訴請求はいずれも理由がない。
第二反訴請求について
一 反訴請求原因について
被告が原告との本件契約及び保険手続委託契約に従い、目的地である本件エキスポ会場までの運送業務及びその間の保険手続を完了したことは前記認定の事実から明らかであり、《証拠省略》によれば、右業務の手数料は保険料の立替分を含めて一七万七一三〇円(ただし、ニューヨークシェンカー担当分は除く。)と認められ、右認定に反する証拠はない。
二 抗弁(短期消滅時効)について
1 抗弁1(時効期間の経過)は、公知の事実である。
2 同2(消滅時効の援用)は、当裁判所に顕著である。
3 よって、抗弁は理由がある。
三 再抗弁(信義則違反ないし権利濫用)
1 《証拠省略》によれば、次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
(一) 本件手数料の請求に関する請求書の日付は、昭和六二年三月二三日となっているが、実際に原告に右請求がされたのは本件紛失事故が発生してからであった。その後も被告から原告に対し、度々手数料の請求があったが、当時、原告は、被告には債務不履行責任があると信じて本件紛失事故の責任を追及するため被告と交渉中であったので、被告からの度々の請求に憤慨して畑に事情を問い合わせたところ、同人は原告に対し、手数料の請求は経理上のことであって支払わなくともよい旨解答していた。
(二) 原告は、その後も本件提訴に至るまでの間に本件紛失事故について被告の常務取締役勝川と交渉を続けたが、原告は被告に債務不履行の法的責任があると信じていたため、その交渉中に手数料支払債務の存在を承認するようなことはなかった(このことは、結局右交渉が決裂し、原告が本件を提起するに至ったことからも明らかである。)。
2 右認定事実によれば、原告の消滅時効の援用が信義則違反ないし権利濫用に当たるということはできず、他に右主張を採用すべき事情を認めるに足りる証拠はない。
第三結論
以上のとおり、原告の本訴請求はいずれも理由がないから棄却することとし、また、被告の反訴請求も理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 三代川三千代 東海林保)